07/02/08

■ 言語の内と外

いつ書いたか忘れてしまったけど、以前日本語は内部的で、英語が外部的なことを、さもどこかで、または誰かが書いたような言い回しで書いた覚えがあるんだけど、あれはただ呆然と私が思った(感じた)までで、ちゃんと根拠がある話ではないので、あしからず。この前知り合いとそんな話になって、「そういえば昔、このブログか前やってたサイトに書いてたよなぁ。断言しちゃってたなぁ」と思い出したので、今頃になって断り文のしたためを。

でも、調べたワケでもないんだけど、西洋圏の言語は、相手(外部)に対して作られてる要素が大きいと思うし、東洋圏の漢字を扱う言語は、自分(内部)に対して作られてる要素が大きいと思うんだよね。すごくいい加減であいまいな論理から始まっちゃってるんだけど、英語って話すことの方が重要というか、発音から始まって、それからアルファベットに置き換えて、文字に表すような気がするんですよ。で、東洋圏の言葉(中国・日本)は先ず文字で表してから、発音するのではないかと。

この論理があっていれば、発音から始まる西洋圏の言語は、相手(外部)に伝えてから始まる言葉であり、文字で表してから始まる東洋圏の漢字を扱う言語は、内部的発想から始まる言葉ではないかと。

根源が内か外かなんて、きっぱりと証明できる話ではないと思うんだけど、いつも欧文と和文を混在させて文字組をしている職業柄か、なんでも原点を見つめるのが好きな性分なのか、そんなことを考えてしまうんですよね。

また、このことについては語りたいと思います。
仕事で疲れて、仕事以外のことを考えたくなった時に。。。なんてね。


そういえば、またseesaaがリヌってますね。今日見たらデザインが変わっててびっくらこきました。


posted by KATAYAMAC at 00:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | Font
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