12/10/01

■ 掴めない感触

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Font : COM4t Nuvu Regular



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Akino Fuku Art Museum #01



前回ここに書いたのが5月初旬。それから5ヶ月も更新が途絶えてしまった。。。
ブログを長年やっている方はわかると思うが、こうした放置プレイは良くあることである。ことツイッターやフェイスブックが出現してからはさらにブログの放置プレイが多くなったのではないだろうか。みんなSNSに書き込むあまり、自分のブログに書き込むことがなくなってくるのだと思う。かくいう私もそのひとりで、最近はツイッターやインスタグラムに投稿して、それだけで自分の気持ちを放出して満足していた。
それともうひとつ理由があって、今年になってから和文書体の作成を本格的に取りかかっていて、気持ちがこの書体一辺倒になり、ブログの存在を本気で忘れてしまっていたのも相まって、ブログを5ヶ月も放置してしまっていた。。。
「これからはこのようなことはないようにします。」
と言いたいところだが、たぶんそれは約束できないだろう(笑)。
また逆に急に更新頻度が上がる可能性だってある(笑)。
この気まぐれな私がやることだから。。。


* * *


さて、放置プレイの言い訳を長々と書いたところで本題に。
まだ暑い夏が来る前の5月27日に、
浜松市天竜区にある「秋野不矩美術館」へ行ってきた。

この「秋野不矩美術館」を設計したのは、藤森照信氏と内田祥士氏。
藤森照信氏のことは、どこの本屋へ行っても必ず建築コーナーには藤森照信氏の名前を見ることになるので、建築に関心のある方は見たことがあるだろう。写真を見る限り私がこれまで見てきた建築物とはあまりにも違い、カテゴライズしにくい建築物だと思っていた。またいつかは実物を見てみたい、体感してみたいとも思っていた。それがようやく彼の傑作であると言われる「秋野不矩美術館」へ行くことができた。



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Akino Fuku Art Museum #02

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Akino Fuku Art Museum #03

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Akino Fuku Art Museum #04

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Akino Fuku Art Museum #05

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Akino Fuku Art Museum #06

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Akino Fuku Art Museum #07

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Akino Fuku Art Museum #08〜#13




丘の上に建てられている建築に向かって長いスロープを歩いていくと、崖にせり出している外観がまず目に入るので圧倒される。「秋野不矩美術館」とGoogleなりYahooなり検索をかけると沢山の方がここに訪れて感想を書いているので読んでみるとわかるが、最初の印象は私も同じことを思った。そう圧倒されながら「この感覚はどこかで感じたことがあるなぁ」と思い巡らせ、気持ちの良い昼下がりを堪能しながら、きれいに整備された公園のようなスロープを上がっていくと全貌が現れる。
「不思議な外観だ」
事前に写真で見た時よりも増してそう感じる。近くまで寄って見ると「土」「木」「石」の各素材が際立って迫ってくる。また最初に感じた「どこかで感じたことのある感覚」は消え失せていた。

「美術館」と名打っているので、今まで見てきた美術館のような気持ちで行くと拍子抜けすると思うが、玄関はどこかの国の民家のようで、手で開けようとすると自動ドアになっているのでびっくりする。すると館内の人が「いらっしゃいませ」と出迎えてくれるので二重の驚き。そして「靴を脱いでスリッパに履き替えてください」と言われ、靴を脱ぎ下駄箱の中へ。。。
その時に「あ!あの感覚は犬山城へ行った時だ!」と思い出した。
あの時もスリッパに履き替えたし、崖にせり出している外観は、日本の城にある石垣を見上げている感覚と同じだったことを思い出した。「とても日本的だ」と感じながらも「外観は日本的とは言えないし」と、複雑な印象になり、やっぱりカテゴライスしにくい。
内観に入るとまずは吹き抜けになっているホールへ。黒い柱が印象的なので触ってみると表面が炭化している。「やっぱり日本的だ」とまたカテゴライズしようといている自分に気付く。しかしトイレへと続く回廊や2階へと続く階段や天井の造りを見ると、お城を見た時のあの感覚ではないし「日本的」とは言いがたい。いや「さっきから感じている日本的って何なんだ?」という根本的な問いも生まれてきた。そこでカテゴライズすることの意味のなさに気付いた。もう「藤森照信的」で良いのだと。

内観の写真を撮りながら見て廻ったところで、秋野不矩画伯の絵の鑑賞。1階には日本の風景画、2階にはインドの風景画を鑑賞するようになっており、そのどちらも「質感」が気持ちいい。その画伯の感じた質感を汲み取ろうとする鑑賞になったのは、1階ではスリッパを脱いで鑑賞するので床の木質感を感じれるようになっており、日本の家屋に入るのと同じ感覚のまま日本の風景を鑑賞でき、2階ではスリッパで鑑賞するので、インドの暑い環境の中をサンダルで鑑賞しているような錯覚に陥るからだろう。

画伯が描く「質感」を汲み取ろうとしたままホールに戻り、画集が置いてあったのでサラリと見てみた。他に何かを感じることができるヒントがあるかもしれないと思ったからだ。そこに画伯の娘さんのエッセイが書いてあった。詳しい内容は画集を読んでいただくとして、文末の雪にまつまる話にじんときた。確かに雪の質感が印象的な絵もあった。雪を掴んでもすぐに消えてしまう感触。その刹那的で感傷的でもある雪の質感。掴めそうで掴めない遣る瀬無さ。そういう情緒が「日本的」であるのかもしれない。そして画伯が描く「掴めない感触」を、この建築物が扱う「土」「木」「石」の各素材で、少しでも掴み取ろうとさせるその精神が「藤森照信的」なんだろうと私なりに解釈した。



:: 浜松市秋野不矩美術館
http://www.inhamamatsu.com/japanese/art/fuku-akino-art-museum.php

:: 秋野不矩の公式WEBサイト
http://www.akinofuku.jp/index.html




posted by KATAYAMAC at 22:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | Architecture
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