12/05/09

■ 聞こえない道で。

Can'thereonthestreet.gif
Font : COM4t Drify Light (Free Font)


P1014578.jpg
Can't here on the street. 1204??



この前バイクで走っていた時に、10年くらい昔に見た光景を思い出したので、
ここにエッセイ風味で書きとめておきたくなった。


* * *


聞こえない道で。


Photo : 1204??(何日だったかな?)
Essay : 120509


あれはこのくらいの時期で、新緑が眩しい雲ひとつない快晴の昼下がり。とてもきれいに整備された真新しい二車線の道で私は車に乗って信号待ちをしていた。ここは街はずれで近くに赤十字病院があり、交差点の向こうに赤十字病院前のバス停がある。私は何気にバスが乗降するために停車しているのを見ていた。信号待ちだからほんの数分だろう。そんな数分の事なのに、十数年経った今でもとても心に残っている光景を目にした。

信号待ちに目にしたと書いたが、正確には信号が赤になる手前から前方を走るバスを気にしていた。バスは信号が赤になる前に交差点を過ぎ去り、私は交差点の手前で赤になったので、信号待ちの状態になった。ハザードを点けながら乗降させるためバスは停車し、何人かが降りてくる人々を見ながら待つ3人がバス停にいた。ひとりはボストンバッグぐらいあるカバンをかかえた腰が曲がったおばあさん。もうひとり、いやふたりといった方がよさそうなカップルがいた。降りる人々はたぶんほとんどの人が病院へ向かうのだろう。その人達が全員降り、その3人が乗る番になった。おばあさんがボストンバッグぐらいあるバッグを持とうとすると、そのカップルの男がさりげなくバッグを持って、おばあさんに「どうぞ」と手招きしている。おばあさんは頭を下げ「ありがとうございます」と言っているようだった。その男の行動が実に様になっている。背は180センチくらいだろう。髪はサラサラヘアーでジーンズ姿の笑顔がさわやかな青年。その横でニコニコ顔で見守っているかのような彼女は、細身でロングヘアーの女の子。赤色のロングスカートに白のブラウスで、スカートにあわせたかのような赤のメガネをかけていた。

私は車内でカーステを聞いているから外の音はほとんど聞こえていない。ましてや交差点の向こうにいるバス停での人の会話などまったく聞こえていなかったが、その3人の会話が聞こえてくるような光景で、とてもほほえましいやりとりであった。「なかなか良い若者もいるもんだな」と老人になったような気分で上から目線になりながら偉そうに見ていたのだが、おばあさんが乗った後、すぐにそのカップルも乗り込むのだろうと思っていたのだが乗ろうとしない。どうも彼女は見送りのようだ。何か会話をしているようだが、よく見ると口を動かすのみの会話ではない。手を巧みに使っている。「あ、手話だ」とすぐに気づいた。彼氏は口を動かしながら手話をしているが、彼女は口を動かさずに手話をしている。たぶん聞こえないのは彼女だけのようだ。そんなふたりを見ているとバスが発車しようといている。私は信号が青に変わり、バスの後ろについてバスの発車待ちになった。ふたりの顔がはっきりとわかるくらいに近づいたから見てみると、笑顔なのだが少しさびしそうにも映る。いくつかの手話をしているが、会話は聞こえないし私にはほとんどの手話がわからない。だが、最後に交わしたふたりの会話だけは、はっきりとわかった。というかそれだけは知っていた。

「好きだよ」の手話。彼氏がその手話をした後、とてもうれしそうに彼女が「好きだよ」の手の動きをする。そして彼氏が乗り込みドアが閉まる。彼女はさっきのうれしそうな笑顔から一転してさびしそうな顔に変わり手を振る。3歩ほどバスを追うように歩くがすぐにやめ、手を振っていた。私もバスを追うように彼女の前を走り去る。バックミラーに目をやると肩を落としたかような佇まいで、ポツンとひとり立っていた。

この光景はたぶん1分間もないだろう。とても短いショートストーリー。でもいつまでも心に残る映画を見たかのようであった。主役であるあのカップルに最優秀男優賞・最優秀女優賞をあげたいし、助演女優賞もあのおばあさんにあげたい。私が最初に気になったのは、あのおばあさんがいたからだ。

そして何よりこのシチュエーションが良かった。口だけの会話が成り立つカップルのやりとりであれば、私には聞こえない。しかし、逆に聞こえないはずの手話であったから、聞こえない私からその会話が聞こえた。たったひとつの言葉のみ理解できたのだが、それも良かったようにも思える。

道路の脇を桃色のツツジが固める中、ゆっくりと車を流した。
空はやさしい水色に近い、春らしい色。風はさわやかだ。
そして私はカーステから聞こえてくる音楽を消した。
無音ではないが音のない世界を想像する。
少しだけでも、彼女のさびしさを噛みしめてみたくなった。


posted by KATAYAMAC at 05:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | Essay
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。